川辺で拾った流木と水墨が出会う場所

河原を歩きながら拾い上げた流木の年輪をひとつずつ数え、水墨で描写していく。これは、サカオコウイチが継続している制作の中核をなすテーマです。川辺で出会う素材と、墨と筆と紙という古来の道具が、静かな対話を通じて結ばれていきます。

打ち上げられた流木の表面には、削られ摩耗された痕跡が刻まれています。その断面を丁寧に見つめると、木が育った年数や、川に運ばれてきた時間の長さが静かに伝わってきます。墨を置いていく行為は、流木との対話をゆっくりと重ねることに近いと感じます。

河原で出会う流木の表情

制作の始まりは、いつも川辺での散策から始まります。岸に流れ着いた流木は、大きさも形もさまざまで、長い年月をかけて水と岩に磨かれてきた独特の質感を持っています。サカオコウイチは手を伸ばし、手に取った瞬間に何かを感じたものを、制作の対象として選ぶことが多いと語っています。

流木の表面には、鋭い角が現れることもあれば、滑らかな曲線が現れることもあります。水流に揉まれた繊維の凹凸は、長い時間をかけた自然の手仕事の痕そのものです。その表情を前にすると、どのような構図で墨を置くべきか、自然と筆の運びが決まっていきます。

拾い上げた流木は、作業場へ持ち帰る前に、その場で何度も観察されます。光の当たり方や、湿り気、わずかな香り。そうした五感からの情報が、後の水墨画の構成を左右する大切な要素となっていきます。

年輪を読み取るということ

流木の断面を輪切りにすると、木の中心から外側へ向かって円が描かれます。その一つひとつが年輪です。数えてみると、数十年に及ぶものもあれば、百年以上の時間を閉じ込めたものもあります。川辺で見つけた流木の年輪を数えながら描く作業は、自然史を紐解く行為とも重なります。

年輪の幅は、木が育った環境によって変化します。雨が多い年には広く、少ない年には狭く刻まれます。干ばつや台風、大雪といった出来事も、年輪の中に痕跡として残されているのです。そうした歴史を読み取ることは、川の上流域で何があったのかを想像する時間でもあります。

サカオコウイチは、年輪の本数を数えるだけでなく、その幅や色の濃淡にも注意を払います。墨の濃淡で年輪の記憶を再現しようとする時、木の人生と出合った流域の歴史が、一枚の紙の上で出会うことになります。

墨と水が交差する現場

水墨画は、水と墨の割合で無限の濃淡を生み出します。流木の年輪を描くときにも、その濃淡のグラデーションが重要な役割を果たします。年輪の濃い部分には濃い墨を、淡い部分には薄い墨を置き、木が刻んできた時間の層を視覚化していきます。

筆に含んだ水の量と墨の量、紙への置き方。わずかな違いで、線の表情は大きく変わります。流木の表面の質感を出すため、筆の腹を使ったり、穂先だけで掠れた線を描いたりすることもあります。ひとつの作品に数時間から数日をかけて、筆を進めていきます。

墨が乾いていく過程にも、サカオコウイチは注目しています。紙に置いてすぐの瑞々しい黒から、乾いた落ち着いた灰色へと移ろう色合いは、流木が水分を失い陸上で歳月を重ねていく姿とも重なります。描くという行為は、素材と時間との共同作業でもあるのです。

台風と川の痕跡

台風が過ぎた後の川辺には、普段は見られない大きさの流木が流れ着くことがあります。激しい水流に揉まれ、岩にぶつけられて削られた断面は、穏やかな川の流れからは想像できない力強さを見せています。

そうした断面の形状は、時に人間の彫刻のように見え、時に抽象的な形象を帯びます。サカオコウイチは、台風と川の力が生み出した偶然の形を、そのまま絵の中に生かすことを試みています。自然の大きな力が残した痕跡は、作家の意図を超えた表現を画面にもたらしてくれるのです。

台風の断面を読み返すと、川と流木と作家の三者がどのように一つの形象を作り上げたかが浮かび上がってきます。

制作と地域をめぐる記憶

流木は、特定の川から特定の場所に流れ着きます。どの川から来たのか、どの流域を経てここに至ったのか。流木の産地を想像することは、その土地の地形や森、川の歴史に思いを馳せることでもあります。

サカオコウイチは、これまでに「ミドリノヘヤプロジェクト」や「タウンメモリープロジェクト」、「新潟ウォーターメモリープロジェクト」、「オタノカケラ」といった地域と関わるプロジェクトを手がけてきました。そうした活動の中で拾われた流木は、その土地の記憶を宿す素材として、重みを増していきます。

制作ノートには、川辺で拾った流木の位置や年輪の状態、制作過程での気づきが記録されています。思考の過程がそのまま残されており、作品の背景を理解する手掛かりとなっています。

サカオコウイチの作品やプロジェクトの進行状況は、ウェブサイトで随時更新されています。ブログでは制作の裏側やワークショップの案内が公開されており、川辺の素材と墨が交差する現場を垣間見ることができます。水墨と流木が出会う時間を、さらに深く辿りたい方は、ぜひサイトを通じて活動を追ってみてください。