オタノカケラに刻まれる粉引と鉄絵の線
「オタノカケラ」は、器として完成する前後に生まれた陶片や、制作の過程で残された小さな断片に新たな意味を与えるプロジェクトです。粉引の白い表情を持つ破片に鉄絵の具で線を描き、もう一度窯に入れて焼成することで、偶然の形と意図的な筆跡が一つの画面に重なります。
破損や余白を隠すのではなく、そこに残された時間を受け止めることが、この作品群の大きな特徴です。焼き物の表面、線の揺らぎ、欠けた輪郭、熱による変化が互いに作用し、ひとつずつ異なる小さな景色をつくり出します。
破片から始まる小さな作品
オタノカケラで扱われるのは、均整の取れた新しい支持体ではありません。制作の途中で割れたもの、役目を終えた器の一部、形を失いながらも釉薬や土の記憶を残す陶片などが、描画の場として選ばれます。
破片には、もとの器が持っていた厚みや曲面があります。平らな紙のように線を運ぶことができないため、筆は表面の起伏に沿って進み、欠けた部分では途切れます。その不自由さが、描き手の判断と素材の個性を引き出します。
粉引がつくる白い背景
粉引は、素地の上に白化粧土を施し、その上から透明釉などを掛けて焼く技法です。柔らかな白は均一な塗膜にならず、土の粒子や釉薬の厚みによって、霞んだ部分や淡い陰影を生みます。
この白い肌は、絵具を目立たせるための単純な背景ではありません。焼成前から細かな斑点や濃淡を抱え、線を受け止めながら独自の表情を見せます。粉引の白と鉄の色が重なることで、画面には紙とは異なる深さが生まれます。
鉄絵の具で描く線の変化
鉄絵に用いられる絵具は、焼成前には黒や濃い茶色に見えても、窯の中で酸化し、赤褐色や灰色がかった色へ変化することがあります。線の太さ、絵具の濃度、筆に含ませる水分によって、焼き上がりの濃淡も変わります。
描くときに予測できるのは、線の方向やおおまかな密度までです。焼き上がった後には、筆圧の強い箇所が深く沈み、かすれた部分が薄く残ります。線は記号でありながら、炎と土が加えた偶然を含む痕跡になります。
描いてから再び焼くという工程
オタノカケラの制作では、すでに一度焼かれた粉引の破片に鉄絵の具で線を描き、再度焼成します。この二度目の焼成は、描いたものを固定するためだけの作業ではありません。熱が絵具と釉薬の表面に働きかけ、作品全体の質感を変える重要な段階です。
窯の温度や置く位置、焼成時間によって、同じ絵具を使っても結果は一つずつ異なります。線が鮮明に立ち上がることもあれば、表面に溶け込むように柔らかくなることもあります。制作は筆を置いた時点で終わらず、窯から出てくるまで続いています。
欠けた輪郭が生む構図
完全な四角形や円形の画面では、線は端まで計画どおりに伸びていきます。けれども陶片の輪郭は不規則で、突然の欠けや厚みの変化があります。その輪郭に合わせて線を止めたり、空白を残したりすることで、形そのものが構図の一部になります。
破片の小ささも、鑑賞の距離を変えます。大きな陶板のように全体を一度に眺めるのではなく、手のひらに収まるほどの面を見つめ、線の重なりや釉薬の光を追います。小さな作品の中に、素材の履歴と描画の時間が凝縮されています。
オタノカケラと記憶のプロジェクト
陶片を見つめることは、完成品だけでは捉えにくい制作の背景に触れることでもあります。土を練る、形をつくる、乾燥させる、焼く、割れる、拾い上げるという工程が、ひとつの断片に折り重なっています。
こうした「残されたもの」への眼差しは、街や水、暮らしの記憶を扱う活動とも響き合います。素材に刻まれた時間を読み取り、別のかたちで提示する制作については、関連する制作記録からも、その姿勢を感じ取ることができます。
展示空間で出会う一片
展示された陶片は、単体のオブジェとして置かれる場合もあれば、複数の断片が互いの距離を保ちながら並ぶ場合もあります。壁面に落ちる影、台座との接点、鑑賞者の視線の高さによって、欠けた形や白い表面の印象は変化します。
作品を近くで見ると、鉄絵の線には筆の速度が残り、少し離れると線と輪郭が一つの抽象的な景色に見えてきます。焼き物であり、絵画であり、記憶の断片でもある。その複数の性格が、オタノカケラを静かに開かれた作品にしています。
制作の進行や展示、ワークショップなど、坂尾浩一の現在の活動は公式サイトで紹介されています。素材の再発見から広がる作品世界を、展示情報とあわせてご覧ください。作品を実際に見られる機会には、陶片の表情と線の変化を近い距離で味わってください。