オタノカケラが映す光 破片を格子状に並べて生まれる透かし窓
新潟県を拠点に活動する美術家の坂尾幸一は、日常の中で見過ごされがちなかけらを集め、新しい意味を宿す作品へと生まれ変わらせてきた。その中でも「オタノカケラ」は、陶器の欠片や割れた食器、廃棄される予定の建材などを格子状に丁寧に配置し、透かし窓のような光の彫刻を生み出す独自の表現として知られている。破片一つひとつが持つ傷跡や色を尊重しながら組み上げる工程は、単なる装飾ではなく、土地の記憶を可視化する行為でもある。
完成した作品は、窓辺に置かれた瞬間から周囲の景色と呼応し、時間帯や季節によって表情を変える。坂尾はこれを静止した記憶ではなく、呼吸し続ける風景と表現しており、見る人がそれぞれの記憶を重ね合わせる余白を残している。透かし窓という構造を選んだのは、光を通すことで破片そのものの存在感を消し、遠くにある風景や記憶を浮かび上がらせるためだ。オタノカケラの制作現場と作品を取り巻く空気感については、坂尾の活動記録にも詳しく綴られている。
オタノカケラという名の由来と着想
オタノカケラとは、「私のかけら」「お宅のかけら」、そして「多くのかけら」という意味を重ねた造語である。坂尾は、廃棄される寸前の陶片や割れてしまった食器を引き取り、そこに残された生活の痕跡を読み解く作業を何年も続けてきた。着想の原点には、新潟県内で長く収集してきた陶磁器の破片があり、それぞれがどこで作られ、誰の手で使われてきたのかを想像しながら並べることで、土地と人の関係が浮かび上がるという。
「欠けているからこそ見えるもの」という考え方は、坂尾の制作全体の根幹にある。壊れる前の完全なものよりも、割れた後に残る表情のほうが多くの物語を語ってくれるという信念が、オタノカケラの格子状の構成を支えている。破片同士が隣り合うことで生まれる偶然の色彩の組み合わせは、設計図を描くのではなく、素材と対話しながら決めていくという。
格子状配置の意味と制作プロセス
透かし窓としての完成形を見据えつつ、坂尾はまず破片の形や色を分類し、それらをどの位置に置くかを吟味する。格子状というのは単に整然と並べるという意味ではなく、視線が縦横無尽に通り抜けられる呼吸する骨格を意図している。隙間を空けることで光が通る経路を確保し、その隙間が風景の一部を切り取る額縁の役割を果たす。
実際の制作では、薄い木枠や和紙、金属製のメッシュを下地として用い、破片を接着あるいは挟み込む方法で固定する。接着剤の量を最小限にすることで、破片本来の厚みや質感を損なわないように工夫されている。一度配置を決めた後でも、光の通し方を微調整するために位置を何度も入れ替えることがあるという。こうした手作業の積み重ねが、作品全体に手仕事の温度を宿らせている。
透かし窓としての構造と光の扱い
透かし窓という形式は、室内の壁や仕切りとして使われる建築要素だが、坂尾の作品ではそれが小さなスタンド型のオブジェとしても展開されている。窓の向こうに見える景色そのものが作品の主役であり、破片はその手前に置かれたフィルターとして機能する。時間帯によって光の角度が変わると、破片が落とす影もまた動き、静止画では捉えきれない表情を見せる。
色の透過についても、坂尾は透明釉のかかった陶片を好んで用いる。光が通ると発色が柔らかくなり、向こう側の風景と混ざり合うことで、まるで水彩画のような淡い色彩が現れる。白磁や青磁、あるいは釉薬の色が剥がれた土の部分は、敢えて欠けたまま生かし、その不完全さそのものが光の経路を作っている。坂尾は自身の制作姿勢をプロフィールの中で、光と素材との関係を探る旅と語っている。
土地の記憶と破片の関係
新潟県は、焼き物の産地として古くから知られ、日常の食器や甕が各地で作り続けられてきた。坂尾は、その土地で使われ、壊れ、捨てられそうになった陶片を収集し、オタノカケラに組み込むことで、土地の時間の層を可視化しようとしている。古い陶片と新しい破片が同じ格子の中に並ぶことで、過去と現在が同じ光の中で出会う瞬間が生まれる。
この考え方は、坂尾が並行して進める他のプロジェクトとも深く結びついている。水と記憶をテーマにしたにいがた水記憶プロジェクト、地域の記憶を住民と掘り起こすタウンメモリープロジェクト、そして緑のある空間を通じて人と人をつなぐ緑の間プロジェクト。いずれも、土地に根ざした素材と住民の声を起点に、記憶を可視化する試みである。オタノカケラは、これらの活動の中で生まれた素材が、改めて個人の作品として昇華された形とも言える。
素材のもつ物語と収集の旅
破片の収集は、坂尾自身が各地で出会った人々との対話から始まる。陶器を扱う工房、閉店した食堂、解体が進む古民家、あるいは海岸に流れ着いた陶器の欠片。いずれも、捨てられれば消えてしまうはずの物語のかけらを拾い上げ、作品の中にとどめる行為である。坂尾は、収集の段階で持ち主にその器の歴史を尋ね、可能であればエピソードをメモとして記録する。
こうして集められた破片は、そのまま作品になるわけではなく、洗浄や切断、場合によっては裏面を削るなどの下処理を経て初めて格子に組み込む準備が整う。破片によっては、和紙を貼って補強するもの、金属の薄板で縁取りを施すものもあり、素材に応じた丁寧な判断が求められる。こうした素材との向き合い方については、関連リンクからも詳細な活動報告を確認することができる。
ワークショップと共創の可能性
坂尾は、オタノカケラの制作を個人の制作に留めず、ワークショップ形式でも展開している。参加者には、使われなくなった茶碗や皿を持参してもらい、それを実際に割るところから体験してもらうこともある。割るという行為には抵抗を感じる参加者も多いが、割れた瞬間に初めて見える内部の色や断面に、新しい発見がある。
ワークショップでは、参加者が持ち寄った破片を共通の格子に配置し、その日のうちに小さな透かし窓作品を完成させる。個人の記憶と他者の記憶が同じ枠の中で並ぶことで、対話が生まれる。これは、坂尾が「破片の民主主義」と呼ぶ独自の哲学であり、作品を作る過程そのものが人と人をつなぐ場になる。完成した作品は持ち帰ることも、その場で壁に掛けて共有することもできる。
展示とこれからの方向性
オタノカケラの作品は、個展やグループ展だけでなく、旅館や古い町家の窓辺、寺院の脇などにも設置されてきた。空間そのものを作品の一部と捉える坂尾は、設置場所の光環境や周辺の風景を読み解き、最適な配置を提案する。展示期間が終われば作品は再び解体され、別の場所で新たな透かし窓として組み直されることもあり、一つの作品に固定された姿は存在しない。
今後は、より大きなスケールでの透かし窓の制作や、地域住民と連携した恒常的な設置も構想されている。破片が持つ記憶を次世代へとつなぐ仕組みを作ることは、坂尾にとって単なる芸術活動ではなく、土地と暮らしを続けるための文化的基盤づくりでもある。透かし窓の向こう側にどんな風景が見えるのか、それは見方次第でいくらでも変わっていく。
オタノカケラの透かし窓は、割れたものが集まることで光を取り戻す、小さな希望の姿でもある。坂尾幸一によるこの表現は、廃棄されるはずだった素材に再び役割を与え、見る人の記憶と地続きの風景を立ち上がらせる。作品の実物や制作の裏側に迫りたい方は、公式サイトや活動記録を通じて最新情報を確かめてほしい。破片が格子状に出会い、窓の向こうに新しい景色を描く瞬間を、ぜひ一度その目で確かめていただきたい。