オタノカケラが描く、釉薬の色が連なる世界

坂尾幸一郎が手がけるプロジェクト「オタノカケラ」は、家庭の食器や地域の窯から出た陶器の破片に新たな命を吹き込む試みです。同じ釉薬がかけられた欠片だけを丁寧に拾い集め、少しずつ色の濃淡を変えながら一枚のパネルに並べていく。完成した作品は、壊れたものを慈しむ日本の心そのものだと多くの観賞者を惹きつけてきました。プロジェクトは単なるアート作品にとどまらず、持ち主の記憶や土地の物語を映し出す装置として機能しています。

今回は、その中心となる「同じ釉薬の破片でグラデーションを作る」工程に焦点を当て、制作の背景や込められた思い、そして参加者と鑑賞者の双方に広がる効果について紹介していきます。陶片が色彩のリレーのように連なっていく光景には、壊れる前と同じくらい、あるいはそれ以上の美しさが宿っています。

オタノカケラの発想と背景

坂尾がオタノカケラを始めたきっかけは、各地の陶器産地を巡る中で出会った「捨てられるはずだった欠片」でした。製造過程で割れた器、暮らしの中で欠けた器、窯の跡地に埋もれていた陶片。どれにも釉薬の色がかすかに残っており、光の当たり方によって表情を変える。その一点一点を拾い、並べて眺めるうちに、「失われた形の代わりに色を繋ぐことはできないか」と考えるようになったといいます。

当初は作家自身のコレクションとして小さな額に収めていましたが、やがて持ち主や産地から提供された欠片も加わり、作品規模は徐々に拡大していきました。色だけで構成されたグラデーションは、もとの器の形を超えた抽象的な風景として目に映り、見た人の想像力を自由に泳がせます。破片を集める行為そのものが、地域と人をつなぐ対話になっているのです。

同じ釉薬を選ぶ意味

オタノカケラでは、原則として同じ釉薬がかけられた破片だけを使います。複数の釉薬を混ぜると色味がぶつかり合い、グラデーションが濁ってしまうからです。坂尾が特に好んで用いるのは、青磁、志野、織部といった日本に古くから伝わる釉薬。素朴であたたかみのある色调は、年月を経た器が持つ時間の厚みと相性が良く、見る人に安心感を与えます。

同じ釉薬で揃えることで、破片の色は産地や焼成の具合によって自然な差が生まれます。わずかに緑がかった青、灰色を帯びた白、釉の溜まりが深い焦げ茶。これらを一列に並べることで、人工的ではない、まるで風景の遠近のような奥行きが生まれてきます。色の境界を意識的になくすことで、破片同士の「対話」が生まれ、観る人は色の変化を通じて時間の流れを読み取るのです。

破片が色へ変わる制作の流れ

制作の第一歩は、回収した陶片を水洗いし、釉薬の色を確認しながら仕分ける作業です。表面に残った土や煤を落とすことで、本来の色が鮮やかに現れてきます。次に、同系色の中でも微妙に異なる色调の破片をグラデーション順に並べていく工程に入ります。

この配置を決める場面では、坂尾が大切にする破片を集めて配置する手順に基づき、台紙に一つひとつ丁寧に固定していきます。全体のバランスを何度も確かめながら、職人の勘と根気強い対話の連続で進めることで、破片同士の色が自然につながっていきます。配置が決まれば、裏側から特殊な接着剤で固定し、最後にマットなコーティングを施して仕上げる。光の下で見たとき、破片がまるで連続した絵画のように見える瞬間は、作家にとっても最もうれしい時間だと語ります。

記憶と土地が重なる意味

オタノカケラで使われる破片には、しばしば制作者や持ち主の記憶が宿っています。母が使っていた茶碗の欠片、婚礼で揃えられた皿の一部、窯の片隅に残されていた試作品。色とりどりの釉薬の下に、そうした物語が静かに眠っています。

坂尾はこれらの記憶を顕在化させるため、街の記憶プロジェクトなどの地域活動と連携し、作品展示に合わせてその土地の来歴を紹介する場を設けてきました。観客が自分の生まれ育った町の記憶と重なる破片を見つけたとき、展示空間は一気に時間と場所を越えた親密な場へと変容します。作品は記憶の媒介となり、失われたものを回想する手がかりを提供するのです。

参加者の心に広がる変化

プロジェクトに関わる人びとの反応は、実に多様です。「捨てなくて良かった」「自分の家の歴史が作品の一部になった」と語る参加者もいれば、展示を見た人から「同じ釉薬を持つ器を探したくなった」という声が寄せられることもあります。作品を通じて、自分の暮らしの中にある陶器の価値や、地域の工芸の歴史を見つめ直す機運が生まれています。

また、ワークショップ形式で破片を持ち寄る場では、初対面の人同士が陶片を介した会話を楽しんでいきます。色の話題から家族の食事、地域のお祝い事、窯元との思い出へと話題が広がり、破片は人と人をつなぐ媒介としての役割を自然に果たします。完成したグラデーションは、持ち寄った全員の協力の証であり、共同作業の美しい帰結でもあるのです。

制作と鑑賞で意識したい視点

  • 破片の色だけを基準にせず、釉薬の歴史や地域の文脈にも目を向ける
  • 色の境目に完璧さを求めず、自然な揺らぎを許容する心構えを持つ
  • 持ち主や産地にまつわる背景情報を、作品と併せて記録する
  • 展示では、破片一つひとつの「元の姿」を想像できる補助説明を加える
  • 参加者同士が破片を囲んで語らう時間を、作品の大切な一部と捉える

坂尾幸一郎のワークショップでは、こうした視点を実際に体験しながら学ぶ機会が用意されています。自分の家から持ち寄った欠片が、新しい色の連なりの中に確かに位置づけられていく瞬間は、壊れたものを前にしても絶望せず、次の景色を信じられるという、小さな希望のかたちを示してくれるはずです。オタノカケラの作品は、観る人それぞれの暮らしにそっと寄り添い、記憶と色彩を重ねてくれます。展覧会やイベントの最新情報はウェブサイトで随時更新されていますので、ぜひ一度、釉薬が織りなす色彩の旅に出かけてみてください。