釉薬が織りなす偶然の紋 — オタノカケラ小話

坂尾幸一の制作は、土地と記憶の断片を丁寧に拾い上げることで成立してきた。新潟の大地、水、古い家屋、通り過ぎてしまう碎片 — それらは《緑の間プロジェクト》《町記憶プロジェクト》《新潟水記憶プロジェクト》といった作品群の中で再構成され、見る人の手元に届いてきた。《オタノカケラ》は、その連なりの最先端に位置する小品の連作であり、割れ端や試作の欠片を「かけら」と名づけること自体に、制作の根本姿勢が込められている。

この名称には、不要になったもの、見過ごされてきたものを積極的に肯定するまなざしが宿っている。完成された形よりも、作り手と土地の間にたまたま残ったかけらの方が多くを物語るという信念が、制作の根底にある。坂尾はその小さな器たちの上で、釉薬同士を重ね、窯の中で何が起きてくれるかを静かに待つという手法を採るようになった。

本稿は、釉薬の「掛け分け」が生み出した偶然の模様を題材とした一つの小話である。意図しなかった紋様が、作者自身にとっても予想外の風景を立ち上げる瞬間を追う。

オタノカケラという小さな器のかたち

《オタノカケラ》は、もともと試作や実験で生まれた陶片、余った土の活用、小さな依頼に応じるための小品などをまとめていくための器シリーズとして始まった。焼き締めもあれば、釉薬を施したものもあり、一つひとつの表情が異なる。坂尾はそこに「かけら」という名を与えることで、大きさや完璧さよりも、むしろ時間の堆積や手仕事の痕跡そのものを価値の中心に置く姿勢を選んだ。

この姿勢は、坂尾が並行して進めてきた土地と記憶の実践と地続きである。土地を歩いて拾った小石や木片、土の匂い、建具の金物といった「土地のかけら」を作品に封じ込めてきた手法の延長として、陶という素材そのものの「かけら」を扱う《オタノカケラ》は、制作の思考を最小単位まで煮詰める契機となっている。

坂尾の主要プロジェクト 中心となる素材 扱っている記憶の層
緑の間プロジェクト 部屋、建具、植物の痕跡 生活空間に堆積した時間
町記憶プロジェクト 街路、建物、看板 地域の歴史と暮らしぶり
新潟水記憶プロジェクト 水、川、流域の土 自然と環境の変容
オタノカケラ 陶片、釉薬、窯の偶然 制作という行為そのものの揺らぎ

上の一覧にあるように、《オタノカケラ》は他の三つのプロジェクトと比べると、対象を「土地の外」に求めるのではなく、制作行為そのものの内側に視線を向けている。窯の火加減ひとつで文様が決定づけられる陶という素材は、作者ですら完全に制御できない領域を残してくれる。その余白を尊重することが、《オタノカケラ》の制作倫理となっている。

釉薬の掛け分けという技法

釉薬の掛け分けは、一つの器に二種類以上の釉薬を部分的に重ね掛けする技法である。窯の中で高温に達した釉薬は溶け合い、境界が流動し、化学反応によって予期せぬ発色や文様が現れる。坂尾は意図的にその「読みづらい部分」を設計図に落とし込むことを避け、釉薬同士の組み合わせと比重だけを仕様に書き留めてきた。

たとえば青と乳白、灰と飴色、透明と鉄釉といった組み合わせは、それぞれ異なる粘度と融点を持つ。重ねた境目は一回の焼成で閉じられるため、後から筆で描き直すことは基本的にできない。窯の火加減、冷却の速度、灰の降り方といった外部要因がすべて最終的な紋に関与し、作り手の完全な制御下にないことを、坂尾はむしろ本質的な条件だと考えている。

この「制御しきれない領域」を受け入れることが、坂尾にとっての手仕事の核心である。釉薬同士の関係性を設定し、そこから先は窯に委ねる。作品が一人立ちして窯から出てくる感覚は、絵を描く作業とは根本的に異なる。土と炎と釉薬の三者対話のようなものとして、坂尾は制作を捉えている。

工房で起きた偶然の情景

ある夏の窯焚きで、坂尾はテストピースに乳白釉と鉄釉を大胆に重ねた。焼成後に蓋を開けると、釉薬が完全に混ざりきらず、土が露出した境界から斜めに走る細い線と、その線に沿って薄い藍色が滲んだ領域が現れていた。予定していた図像は完全に消失していたものの、画面の右下から左上へ吹き上げる風のような紋様が、まるで冬の日本海を臨む遠景のように見えた。

その小皿を見た瞬間、坂尾は自身が並行して進めてきた土地プロジェクトのうち、町記憶プロジェクトの記事 で扱ってきた主題を思い出した。土地の痕跡が風景として立ち上がる瞬間を、そこでも重ねて描いてきたが、釉薬の偶然はそれとは別種の「あぶり出し」のようなものだった。意図せずに立ち現れた図像は、作者ですら読み解けない物語を纏って窯から出てくる。

この一件以来、《オタノカケラ》の制作では「失敗」と「成功」の境界が意図的に曖昧にされるようになった。釉薬同士の関係だけを設定し、結果の判定を後回しにする。窯から出てきた一点一点を、机の上に並べてしばらく眺める時間を取る。まるで毎日の空模様を確認するように、坂尾は出窯の日を待つようになった。

偶然の紋が呼び寄せる土地の記憶

こうして生まれた《オタノカケラ》の一点一点は、坂尾にとって風景や記憶のインデックスとして機能し始めている。鉄釉と灰釉の掛け合わせから立ち上がる山なみ、乳白と銅緑の境界に漂う朝もや、透明釉と石炭の煤のような黒が重なる夕暮れの水面。偶然の紋は、土地の断片としての役割を帯びるようになった。

このことから坂尾は、《オタノカケラ》の制作を単なる陶の実験としてだけでなく、土地と時間を「読む」行為として位置づけ直すようになった。一つの小皿に封じ込められた偶然の風景は、持ち主の手に渡ったとき、また別の物語を生む。土地のかけらとしての器が、人の手元に置かれることでようやく完成する — その逆説的な完成のあり方は、《緑の間プロジェクト》や《新潟水記憶プロジェクト》が目指す、時間と空間を超える作品観と深く響き合っている。

釉薬の偶然を分かち合う場

釉薬ワークショップ では、坂尾自身がテストピースを多数焼成してきており、参加者自身が複数の釉薬を選び、重ね掛け、窯入れまでの工程を体験することができる。偶然の文様に対する予習として、過去のテストピースを実際に手に取って観察する時間を十分に取ることも特徴となっている。

窯から出てきた作品は、参加者一人ひとりの「その日だけの風景」として持ち帰られる。同じ釉薬を同じ順番で重ねても、窯の機嫌ひとつでまったく違う景色が浮かび上がる。その事実を実際に体感することは、完成された工業製品を手に取るだけでは得られない手仕事の喜びの中心に触れる体験となる。

釉薬が織りなす偶然の紋が、見る人それぞれの記憶の中の風景と重なり合う瞬間を、坂尾はこれからも多くの人と分かち合いたいと考えている。器の向こうに広がる物語を、ぜひ自身の目で確かめに出かけてほしい。