町の記憶プロジェクト 銭湯壁画を記憶から再構成する

地域の風景は、時の流れとともにその姿を変えていきます。建物が取り壊され、新しい看板が通りに並び、世代が入れ替わる中で、かつて当たり前にそこにあったものが忽然と消えてしまうことがあります。画家・坂尾幸一が取り組む「町の記憶プロジェクト」は、失われゆく地域固有の記憶を、絵画という手法で掘り起こし、再び眼に見える形で甦らせようとする長期的な試みです。 Gukunatta Xin Wen Zhiwo Shuini Rongkashite Zhi Lukide Zai Shengsuru 47f1.

本プロジェクトの一環として、彼は古い銭湯の壁画に注目しています。ペンキ絵とも呼ばれる銭湯壁画は、富士山や大海原、山々といった風景を大胆な構図で描いており、戦後の日本各地で庶民の癒やしとなってきました。その多くが建物の老朽化や廃業によって消えゆく中、坂尾は実際に見た記憶を頼りに、あるいは聞き取り調査から得た断片を積み重ねて、壁画を自らの手で再構成し、新たな絵画作品として発表しています。

プロジェクトの出発点

坂尾が町の記憶に強い関心を抱くようになったのは、新潟での制作活動を通じて地域社会と深く関わり始めたことが背景にあります。通りの一角にあった商店、子どもたちが遊んだ空き地、祭りの夜に灯る提灯の列など、風景を構成する要素は人びとの暮らしの記憶と不可分です。絵画は単に目の前の対象を写し取るのではなく、記憶や感情、時間の層を一枚の画面の中に定着させる力を持っています。

彼は自らが育った街、そして長く滞在した街の記憶を、記録ではなく再解釈の形で残したいと考えました。そこで白羽の矢が立ったのが、銭湯のペンキ絵師たちが手掛けた壁画です。日常生活の中で繰り返し目にするこれらの絵は、地域の人びとにとって単なる装飾ではなく、自分たちの街の風景を映す鏡のような役割を果たしていました。

銭湯壁画の特性と衰退

銭湯の壁画は、富士山や大海原、桜、鯉など、日本人にとって馴染み深い風景を題材にすることが多いものです。大きな曲面に描かれた青や緑、赤の色彩は、湯船に浸かる人びとの視線を受け止め、夢のような気分を日常の中に呼び込みます。プロの絵師が鏝絵や下絵を基に描き上げるこれらの作品は、一種の共同的な視覚文化として地域社会に根を下ろしていました。

しかし、石油給湯器を備えた家庭風呂の普及や後継者不足、経営の困難といった事情から、全国の銭湯は急激にその数を減らしています。建物の解体が進めば、壁画もまた壁材と一緒に失われる運命にあります。実際にペンキ絵が描かれた銭湯を目にした世代が減るにつれ、これらの壁画は遠い過去のものとなりつつあります。

記憶からの再構成のプロセス

坂尾の制作は、対象となる銭湯に直接赴き、可能であれば当時の様子を知る人びとから話を聞くことから始まります。記憶は人によって少しずつ異なるため、語られる断片を重ね合わせながら、共通項として浮かび上がる情景を抽出していきます。写真が残っている場合はそれを資料とし、ない場合は壁画が描かれていた壁面のスケール感や周囲の環境を手掛かりに、構成を組み立てていきます。

描く段階では、記憶の中にある色彩感と現代の画材との対話が重要な要素となります。当時のペンキ絵特有の鮮烈さをそのまま再現するのではなく、記憶が持つ霞みや曖昧さをも画面の中に取り込むことで、失われたものへの哀惜と再生への希望が同居する作品が生まれます。詳細な記録としての復元ではなく、一人の画家が受け取った記憶の集積としての再構成というアプローチが、このプロジェクトの核心となっています。

素材と技法の選択

壁画の制作では、油彩、アクリル、テンペラといった複数の画材が検討されます。銭湯のペンキ絵が持つ粗い筆の重なりや、湿度の高い浴室環境の中で育まれた特有の質感を、画面の中にも呼び起こしたいという意図があるためです。時には和紙や麻布を下地に使い、壁材そのものの物質感を想起させるような構成を試みることもあります。

色彩については、当時のペンキ絵に多用された原色を基調としながらも、記憶の中で褪せた色調や、年月が経つことで生じる滲みを意識的に残します。色面と色面の境界を敢えてぼやけさせたり、部分的に下地の色を露出させたりすることで、記憶そのものの輪郭の曖昧さを表現しようとしています。素材と技法の選択は、単なる再現ではなく、記憶という主題に対する方法論そのものとなっているのです。

地域住民との対話

このプロジェクトは、地域住民との継続的な対話なしには成り立ちません。銭湯に通っていた人びとの記憶は、当時の湯の温度や、脱衣所に響く番台さんの声、湯上がりに交わされた何気ない会話といった、五感に根ざした細部を含んでいます。坂尾はこれらの語りを丁寧に拾い上げ、絵の中に織り込んでいきます。

制作の過程で作られるスケッチや途中段階の作品は、ワークショップや個展の場で地域の人びとに披露されます。「こんな景色が描いてあった」「富士山はもっとこうだった」といった反応は、作家自身にとっても新たな発見の機会となります。記憶は一人で完結するものではなく、共有されることで初めて厚みを持つものだという考えが、制作の根底に流れています。

作品に込められた意味

再構成された壁画は、失われたものの単なる復元ではなく、失われたという事実そのものを作品の一部として引き受けています。画面のどこかに欠落した部分を残し、見えなくなってしまった領域を余白として示すことで、消失という出来事を視覚化しようとするのです。記憶が持つ不完全さは、ここでは欠陥ではなく、表現の核心として扱われます。

また、これらの作品は「今ここにある銭湯」への問いかけでもあります。全国各地で営業を続けている銭湯の文化的価値を見つめ直し、次の世代に何を残せるのかという問題を提起します。坂尾の絵は、消えゆくものへの鎮魂と、未来へ受け継がれていくべきものへのまなざしを、同時に宿しているのです。

展示と今後の広がり

これまでに制作された銭湯壁画を主題とする作品は、各地で開催される個展やグループ展で紹介されてきました。展示空間に大きな画面の絵が掲げられると、観る者はかつて銭湯で湯に浸かりながら見上げた視線を思い起こすかのように、立ち止まって画面を仰ぎます。日常の中で忘れられていた記憶が、絵画という媒介を通じて再び動き出す瞬間です。

今後も坂尾は、対象となる銭湯や地域を少しずつ広げながら、記憶の収集と再構成を続けていく予定です。壁画という題材を通じて地域の記憶と現代の絵画を結びつける試みは、美術と社会を結ぶ新たな回路を開く可能性を秘めています。制作の進行状況や展示スケジュールについては、坂尾幸一の活動情報にて随時発信されています。

このプロジェクトの詳細な制作背景や地域での対話の様子は、銭湯壁画の再構成に関する記事として綴られています。記憶を手放さずに未来へつなぐこの実践に、ご関心のある方は展示やワークショップを通じて実際に参加することができます。地域の記憶を共に編む活動に、ぜひお声がけください。