夕暮れ時の影を基準にして、地面のうえに線を引く
夕暮れの光が傾きはじめる頃、坂尾紳一の制作現場では、ときに一本の定規と、ときに身体そのものが道具として用いられる。伸びてゆく影の先端に合わせて地面に印をつけ、その印と影の根元とを結んで線を引く。日没前の数十分間にしか現れないその線は、場所と時刻と光とを同時に閉じこめる、独特なしるしとなる。 Tingno Ji Yipurojekuto Kongki Deno Za Caono Zhong Leiwo Tong Dingshi Fen Bu Tuwo Zuoru Ae3b.
影は、たいていは忘れられる存在だ。歩いているあいだも、立ち止まっているあいだも、人やものの輪郭よりもずっと曖昧にひろがって、すぐ消える。その移ろいやすい存在を、坂尾は「測れるもの」として引き受ける。夕暮れ時の影は、正午の短い影よりもずっと長く、時間の経過を身体の感覚に近い単位で教えてくれる。
この方法は、坂尾が長く続けている「タウンメモリープロジェクト」や「新潟水メモリープロジェクト」の仕事と地続きにある。土地の記憶を、小さな痕跡として地面や水面に残す。人びとが通りすぎるだけで見落とすようなところに線を一本引くことで、その場所固有の時間が、そっと可視化される。
実際に作業をはじめるきっかけは、いつも現場の光と足元との出会いから始まる。特定の道具を用意するのではなく、最初に立った場所で影を確認し、地面の質に応じて引く線の素材や太さを現場で決める。くわしい経緯は制作ノートに綴ってある。
影を一本の線に変えるとき
作業はいたって単純だ。立ったまま、あるいは少し屈んで、自分の影の先端をひとつ読みとり、その点に石やチョークで印をつける。もういちど影の長さを見ながら、起点と終点とを直線でむすぶ。ときには地面が土であれば枝で引っ掻き、アスファルトならば薄い水性ペンで撫でるように描く。
線は引き終わった瞬間から少しずつ消えはじめる。踏まれたり、雨に流されたり、掃き清められたりして、翌日にはもう残っていないこともある。それでも、線を引いたそのとき、土地のうえには確かに、夕暮れ時固有の一本の時間が刻まれている。引いた線はあくまで痕跡であり、展示品として飾るためのものではない。
計測という行為と、描くという行為がここで重なっている。定規で測るのではなく、自分の身体を物差しにし、夕暮れの光をコンパスのように使い、地面に円弧ではなく直線を落とす。日々の動作のなかに、計測と記録が自然と溶けあってゆく。
なぜ夕暮れ時なのか
正午の影はほぼ真下に短く、計測しても方向が見えにくい。朝もまた同様に、影は刻一刻とすぐに縮んだり伸びたりする。夕暮れ時こそ、影が最もゆっくりと傾きながら長くなってゆく時間帯だ。一本の線を引くあいだに、光の角度がわずかに変化し、影の長さもまた変わっていく。
この「ゆっくりとした変化」こそが、坂尾がこの時間帯を選ぶ理由だ。線を引く間に、自分の身体もまた少しずつ移動して影を伸ばし、結果として引かれた線は直線であると同時に、無数の時間を内包する一本になる。夕暮れの光がオレンジから紫へと移ろうとする、その数十分を圧縮した線が地面に残る。
また、夕暮れ時は人びとの一日の終わりと重なる時間帯でもある。仕事帰りの足音や、買い物袋を提げた手のひらが、線を跨いでゆく。そのとき線は、通りに何気なく置かれている一本として、誰かの視界の端をかすめる。計測のつもりが、そのまま街路の一部として溶けこんでゆく瞬間が、しばしば起こる。
線が土地の記憶をひらく
坂尾の「タウンメモリープロジェクト」は、土地に刻まれてきた記憶を、その土地のうえに小さな痕跡として置き直す仕事だ。これらの実践の全体像は活動の一覧ページからたどることができる。新潟水メモリープロジェクトでは、水の縁に沿った場所に水を使った線や印を残し、土地と水との関係をそっと思い出させる。水も、夕暮れの影と同じように、時間とともに移ろい、ときに消える。
地面に引かれた一本の線は、その場所に固有の傾きと方角と時間帯とを結びつけている。翌日、あるいは一年後、同じ場所に来た人が偶然その線の上に立ったとき、自分の影もまた夕暮れ時に限り同じ長さへと伸びることを、ぼんやりと気づくかもしれない。線はそのような「再会」のための準備として、地面のうえにそっと置かれている。
記憶というものは、通常は目に見えない。言葉にも写真にもなりにくく、ふと訪れた場所の匂いや光と結びついたときにだけ、ほんのかすかに浮かびあがる。線を引くという行為は、そのかすかな浮上をそっと手助けするための儀式に近い。線そのものが記憶なのではなく、線が人を再び土地に立ち止まらせる役割をはたす。
線と地面の質
引かれる線は、つねに地面と相談しながら選ばれる。土のうえでは、枝や指で軽く引っ掻く線が、雨や翌日の乾いた風によってすぐ消えてゆくことを計算にいれる。コンクリートや石材の上では、薄い水性インクが滲んでできる線が、歩行者の靴底と接触した順に少しずつ薄れてゆく。
坂尾は、線が「残りすぎないこと」を大切にしている。何日も消えずに残る線は、もはや標識や落書きに近づき、場所の空気とぶつかってしまう。数時間、あるいは数日で消える線は、場所のなかを経過する時間そのものを、地表のうえに一時的に預けるための方法として考えられている。
雪の上や、雨の直後の水たまりに引かれる線も、しばしば現れる。これらは文字どおり時間とともに流れ、消えてゆくことが最初から織りこまれている。線が最も「線でないもの」へと変わっていく瞬間を、坂尾はひとつの到達点として見ている。
身体を物差しにする
この仕事において、自分の身体は単なる道具ではなく、尺度の中心になる。身長、肩の高さ、腕の長さ、指の一節の長さ。いずれも夕暮れ時の光と組み合わさったときに、はじめて意味のある数値として立ちあらわれる。定規やメジャーを持ち出さないからこそ、計測はそのまま身体感覚と地続きになる。
立位、座位、片足立ち。姿勢を変えるたびに影のかたちがゆっくりと移り、それにしたがって引かれる線の長さもまた変わっていく。同一人物が同じ場所で描いた二本の線がまったく同じものにならないのは、夕暮れ時の光と身体とが一期一会であることを、そのまま示す結果でもある。
ワークショップ形式でこの方法を他者と分かちあうときには、身体の物差しが人によって異なることが、そのまま作品の一部になる。身長差のある複数の人影の先端を線で結ぶと、線にはおのずと土地の傾きと光の角度が、そのまま反映される。個人と場所が一本の線によって接続される、その小さな驚きが、活動の中心にある。
通りすぎる人の視界の端に
地面のうえに引かれた線は、通常その存在を主張しない。傾いた夕陽に照らされて、あるいは濡れた路面に薄墨のように映って、しばらくしてからようやく目に留まる。視界に入った瞬間、人はその線を「なに」と意識するでもなく、ただ踏んで通りすぎてゆく。
それでも、何人かにとってその線は、夜の帰り道や、翌朝の通勤路の記憶のなかにうっすらと残りつづけることがある。どこかの角で見かけた一本の線を、「あれは何だったのだろう」とぼんやり思い出す。その記憶が、別の場所で別の線を引く動機になることもある。
線が、ただの街路の一部として機能するとき、その線は最も穏やかに役目をはたしているといえる。人の意識のうえに長く居座るのではなく、土地のうえにしばらくだけ留まり、また消える。坂尾が描く線は、誰の所有物でもないまま、土地の記憶のかすかな層のひとつとして、静かに流れつづける。
線を引くという小さな行為は、場所を歩く誰かと、夕暮れ時の光と、そのとき地面のうえにいる自分自身とを、ゆるやかにつなぐ営みです。もしワークショップや個別のプロジェクトにこの方法を取り入れてみたい、あるいは土地の記憶に関するご相談があれば、お問い合わせフォームよりお気軽にお声がけください。