廃校の体育館に残る床の記憶をパステルで描く

廃校の体育館には、長い時間をかけて刻まれた無数の傷跡があります。バスケットボールの動きで擦れた線、椅子や跳び箱を引きずった跡、床板の継ぎ目に沿って生まれたひび割れ。それらは単なる損傷ではなく、かつてそこにいた人々の身体の動きを伝える記録です。

私は、廃校の体育館の床の傷跡をパステルでなぞって再現することで、見過ごされやすい場所の記憶を別の空間へ移し替えます。原寸大の形をそのまま写すのではなく、輪郭の揺らぎや粉の濃淡を通して、時間の重なりと人の気配を表現します。

体育館の床に残る時間

体育館の床は、毎日の練習や集会、遊びの舞台として使われてきました。表面に残る傷は、ひとつひとつの出来事を説明する資料ではありません。しかし、線の方向や深さ、集まり方を見ていくと、そこで行われていた活動の輪郭が少しずつ浮かび上がります。

床面を歩きながら観察すると、目線の高さによって見えるものが変わります。立った状態では見逃していた細い擦過痕も、しゃがんで光を斜めから当てると、複雑な線の集合として現れます。制作は、この発見の時間から始まります。

傷跡を記録する身体の動き

傷を写し取る作業では、紙を床に置き、パステルを持った手を線に沿って動かします。直線であっても、実際の動きには速度の変化やためらいがあります。強く押す部分、わずかに浮く部分が重なり、記録する身体そのものが作品の一部になります。

線を正確に複製することだけが目的ではありません。床の凹凸に触れ、粉が紙へ移る感触を確かめながら、傷が生まれた時間を想像します。過去の運動を現在の動作によって受け止めることで、場所の記憶が静かに更新されていきます。

パステルが生む曖昧な輪郭

パステルは、硬い筆記具のように輪郭を固定しません。粉が紙の繊維に入り込み、擦れたり滲んだりしながら線を残します。その曖昧さは、記憶が持つ不確かさとよく似ています。傷の形を再現しながら、失われた時間の遠さも同時に表すことができます。

色は床材の茶色や灰色に限定せず、場所から受け取った印象に応じて選びます。淡い青は窓から差し込む光を、赤や黄はかつての歓声や運動の熱を連想させます。複数の色を重ねることで、目に見える傷と、そこから想像される出来事を一枚の画面に共存させます。

形を運び出すための方法

現地で採取した線は、作品として別の場所へ移動できます。体育館の床面を切り取ることはできなくても、紙に残された痕跡は、展示空間やワークショップ会場で新しい関係をつくります。来場者は、実際にはその廃校を訪れていなくても、線の密度や広がりから場所を想像できます。

採取した紙を分割し、壁面や床面に再配置する方法もあります。元の位置関係を保つ場合には地図のような性格が強まり、あえて組み替える場合には、記憶が誰かの中で再構成される過程が現れます。保存と変形の間を行き来することが、この制作の重要な特徴です。

地域の記憶と接続する

床の傷跡を調べるとき、卒業生や地域の人から話を聞くことがあります。線の意味を一方的に決めるのではなく、「この場所で何をしていたのか」「どの時期に床が傷ついたのか」といった語りを重ねることで、無言の痕跡に複数の背景が生まれます。

街の表面に残る亀裂や補修跡にも、同じように生活の時間が刻まれています。場所の細部を拡大して記録する試みとして、商店街の舗装に残る線を扱った商店街のひび割れも、見慣れた風景を別の角度から捉える実践につながっています。

オタノカケラへ広がる断片

小さな痕跡を拾い集め、記憶の断片として提示する考え方は、オタノカケラの活動とも重なります。完成した大きな物語を示すのではなく、線、粉、紙片、音、語りの断片を並べることで、見る人が自分の経験を重ねられる余白を残します。

廃校の床から採った形は、別の素材や出来事と組み合わせることもできます。たとえば、壊れたピアノの部品を加工し、形を変えて新しい姿にするピアノの痕跡のように、失われた機能を別の表現へ変換する方法があります。体育館の傷も、過去を保存するだけでなく、現在の作品として再び働き始めます。

制作を深めるための視点

この制作は、特別な技術を持つ人だけのものではありません。現地で立ち止まり、線を見つけ、手を動かし、誰かと感じたことを話す。その過程そのものが、場所を知るためのワークショップになります。展示では完成作品だけでなく、採取の記録や使用した道具も紹介すると、制作の時間が伝わりやすくなります。

制作や地域での活動をさらに展開する際には、次の視点が役立ちます。

  • 床面の傷を撮影し、光の方向を変えて複数の記録を残す
  • 線の長さや密度だけでなく、周囲の音や匂いもメモする
  • 参加者ごとの筆圧や色の違いを消さずに展示する
  • 元の位置を示す地図と、再配置した作品を並べて見せる
  • 卒業生や地域住民の記憶を短い言葉で添える
  • パステルの粉を定着させる方法と、変化を受け入れる方法を選ぶ

オタノカケラの活動については、素材や記憶の断片を新しい形へつなぐプロジェクトの記録からもご覧いただけます。廃校の体育館で見つけた一本の線が、地域の物語や次の制作へ広がっていきます。

作品、進行中のプロジェクト、展示やワークショップの活動を通して、場所に残る小さな痕跡を共有しています。廃校の床に刻まれた線を見つめる時間を、記憶を受け渡す新しい表現として、これからの制作と出会いにつなげていきます。