薪ストーブの灰を藍染めに活かす 灰汁発酵による下染めの一試み
冬になると、工房の一角に置いた薪ストーブは一日の終わりに灰を溜めていく。その灰は、これまで何度か畑に撒いたり、そのまま捨てたりしていたが、今年の冬は少しだけ違う使い道を見つけた。薪の燃え殻が持つ強いアルカリ性に着目し、藍染めの前処理、いわゆる下染めに利用できないかと考えたのが始まりである。
藍染という技法は、藍甕の中で布を発酵させる工程が要となる。しかし、生地にそのまま藍液を染み込ませても、色は定着しにくい。伝統的には、木灰や豆灰から抽出した灰汁を用いたり、灰汁に布を浸してから天日干しと湿気の繰り返しで発酵させる灰汁発酵建法が伝わっている。私はこの伝統的な知恵を、現代の手元にある素材で再現できないかと思った。
工房で日々発生する薪ストーブの灰は、本来の燃料としての役目を終えた廃棄物に過ぎない。しかし、その中には炭酸カリウムを主成分とするアルカリ成分が大量に含まれている。これを利用すれば、わざわざ木灰を用意しなくても、手元にある素材だけで藍染めの下地を整えられるかもしれない。そう考えた時、これは単なる実験ではなく、素材の循環を見つめ直す小さな行為になると感じた。
灰という素材への着目
薪ストーブの灰を単なる燃え殻として扱うのではなく、染めを助ける素材として捉え直すこと。これが今回の試みの出発点である。一般的に、藍染の灰汁建では、ふすまや小麦粉などの糖分と、灰汁に含まれるアルカリ成分を組み合わせて発酵させる。私の手元には、糖分となる素材は限られているが、灰は毎週のように新しい量が発生する。
灰をそのまま水に入れるだけでは、上澄み液のアルカリ度は安定しない。灰の種類や燃焼温度によって、溶け出す成分量が大きく変わるからだ。広葉樹と針葉樹では灰の性質も異なり、広葉樹の方がカリウム成分を多く含む傾向にあることが知られている。工房で燃やしているのは楢や欅が中心のため、灰は比較的扱いやすい部類に入る。
灰汁の抽出と濃度調整
灰を実際に媒染に使うには、まず灰汁を抽出する必要がある。方法はシンプルで、灰を水に浸けてしばらく置き、上澄み液を布で濾すだけである。ただし、抽出されるアルカリ液の濃度は、灰の量と水の量、浸す時間によって大きく左右される。最初は目分量で始めたが、pH試験紙で測ってみると、予想以上にアルカリが強いことが分かった。
藍の発酵には、ある程度のアルカリ度が不可欠だが、濃すぎれば生地を傷める。逆に薄ければ発酵が安定せず、色が浅い段階で止まってしまう。何度か試作を繰り返す中で、私は灰汁と水の割合を、重量比でおよそ一対十あたりに落ち着かせることにした。さらに、数日間寝かせた灰汁の方が、不純物が沈殿して上澄みが澄み、媒染液として使いやすいことも分かってきた。
灰汁抽出で準備するもの
- 広葉樹の薪から出た灰(楢や欅が望ましい)
- ガラスまたは陶器製の容器
- pH試験紙
- 目の細かい布またはフィルター
布の下処理としての灰処理
抽出した灰汁に木綿や絹の生地を浸す工程は、藍染における重要な準備である。灰汁に浸けた生地は、表面の油脂分が除去されるとともに、繊維自体がアルカリ性に傾く。この状態が後の藍甕での発酵を助ける土台となる。ポピ片を漉き込んで作ったポピ片のモザイク作品では、和紙自体の繊維が藍を含む液体を吸い込む性質を持っているため、この下処理の有無が発色に直結する。
灰汁に浸けた後、私は生地を絞らずにそのまま天日干しする方法を試みた。生地の表面に残った灰汁の結晶が、繊維の奥までアルカリを行き渡らせる狙いがある。完全に乾燥させてから、今度は藍甕へと移す。この工程を二度繰り返すことで、生地の準備は一段落する。
藍甕での染め工程
下処理を終えた生地を、工房の藍甕にそっと沈める。甕の中では、藍菌が還元状態を維持しており、空気に触れないようにしながら生地全体を液体に馴染ませる。数分から十数分浸けてから引き上げ、空気にさらして酸化させる。この浸けと空曝しを何度も繰り返すことで、藍色が繊維の中へと定着していく。
灰汁で下処理をした生地は、藍甕の中でアルカリを保ち続けるため、発酵が安定しやすい。逆に、何も処理していない生地は、藍液のpHが下がりがちで、色が青緑で止まってしまう。今回の試みでは、薪灰の下処理を施した布の方が、同じ回数染めた場合でも明らかに深く濃い藍色を発色した。
灰の色と布の色の関係
興味深いのは、灰そのものの色が、染めの最終的な色味に影響を与える可能性があることだ。一般的な木灰は白っぽい灰色をしているが、燃焼条件によっては黄色みを帯びることもある。その微量な鉄分やその他の金属イオンが、藍の発色に関与している可能性は十分に考えられる。
実際に染め上がった布を眺めると、灰の種類によって微妙な色差が生まれた。同じ工程を踏んでも、欅の灰で処理した布は少し赤みを帯びた藍に、楢の灰で処理した布はより深い紺に近い藍になった。この色差を並べて見せる試みが、透過光の格子状作品のシリーズで展開できないかと考えている。
灰という、本来は廃棄物として扱われる素材が、最終的な作品の表情を左右する。これは、素材の個性をそのまま作品に持ち込むという、私の制作姿勢そのものでもある。
灰の種類による発色の傾向
- 欅の灰:赤みを帯びた明るい藍
- 楢の灰:深く沈んだ紺色に近い藍
- 針葉樹の灰:カリウム分が少なく、淡い藍
- 高温で焼けた灰:アルカリが濃く、濃い藍になりやすい
他の素材やプロジェクトへの広がり
この灰汁下染めの試みは、単独で完結する実験ではなく、他のプロジェクトと接続していく可能性を秘めている。例えば、tingno-ji-yipurojekuto-xino-shang-dianno-kan-banno-wen-ziwo-xiaoshigomude-cari-chushite-zhuan-xiesuru-dfd6で取り組んでいる商店街の看板の文字を消しゴムで擦り消して転写するプロジェクトでは、布への転写と染色を組み合わせていく実験を構想中である。灰汁で下処理した布に、文字を擦り取った痕跡を藍で定着させるという展開も面白い。
灰から藍へ、そして藍から作品へ。素材が変奏しながら形を変えていく過程そのものが、私の表現の核にある。工房で日々生まれる灰を、ただの燃え殻として捨てるのではなく、次の色を生むための肥やしとして迎える。その循環の中にこそ、制作を続ける理由がある。
薪ストーブの前で考えたのは、廃棄されるはずの灰が、次の藍を生むための肥やしになるということだった。素材を否定するのではなく、その素材が持つ性質を丁寧に引き出し、色の循環に組み込む。今回の灰汁下染めは、その小さな一歩である。工房での実験はこれからも続き、灰の色と藍の色が交差する瞬間を、活動記録や展示を通じて伝えていきます。