新潟水の記憶プロジェクトで川辺の小枝を束ねて筏の模型を作る

新潟県を流れる信濃川と阿賀野川は、古くから筏で木材を運び、人々の暮らしと川を結ぶ役割を担ってきました。坂尾幸一が手がける新潟水の記憶プロジェクトは、その歴史を現代の視点からたずねる活動です。川辺に落ちている小枝や流木を一本ずつ拾い上げ、束ねて小さな筏の模型を作るという素朴な行為に、川への敬意と手仕事の精神が込められています。

作家は、川を「風景」として眺めるだけでなく、そこに流れる時間の層を読み取ろうとしています。川岸を歩き、素材を集め、組み合わせていく工程そのものが、作品の一部であり、また地域の記憶を共有する装置としても機能します。

新潟の川が持つ記憶の層

信濃川は日本一長い川として知られ、河口部では江戸時代から昭和にかけて筏が連なって流れる光景が見られました。物流の動脈だった川は、現在では仕事場として使われることはほとんどありません。プロジェクトの筏の模型は、過去の暮らしと現代の眼差しを接続する小さな装置として働きます。

川辺を歩いていると、過去の作業の痕跡が微かに残っていることに気づきます。倒れた古い護岸、苔むした石、使われなくなった船着場。坂尾はそうした痕跡を拾い集めながら、川の記憶を編む作業を続けています。

川辺で枝を拾い集める

制作の第一歩は、川岸を歩いて素材となる小枝を探すことから始まります。長さ、太さ、曲がり具合、樹皮の質感。目に留まったものを手に取り、しばらく眺めてから採用を決めます。大量に採取するのではなく、その場に必要とされる分だけを持ち帰るという節度が、作家の姿勢として貫かれています。

拾った枝は、乾かしてから使う場合と生のまま使う場合があります。乾かせば形が安定し、生の枝はしなやかで曲面に沿わせやすい。どちらを選ぶかによって、出来上がる筏の表情は大きく変わります。プロジェクトでは、参加者が自分の手でその判断を行うことを重視しています。

筏の模型を組み上げる

素材の選別が済むと、次は束ねる作業に移ります。麻ひもや銅線、あるいは小さな楔など、結合の方法はさまざまです。模型では装飾性と物語性が優先されるため、枝どうしが触れ合う角度を少しずつ調整しながら、全体のバランスを取っていきます。伝統的な筏では強度重視の結束がとられますが、模型ではむしろ緩やかな組み方が選ばれます。

制作中は川の音や風の揺らぎが遠くから届きます。室内では得られないこうした環境そのものが、工程の一部として組み込まれています。作家はこれを「川の記憶を編む行為」と呼び、手を使うこと、耳を澄ますこと、立ち止まることのすべてを等価に大切にしています。

ワークショップでの対話

坂尾は不定期にワークショップを開催し、参加者が実際に川辺で枝を拾い模型を作る場を提供しています。世代や経歴の異なる人々が集まるため、素材の見立てや束ね方に、それぞれの生活経験が反映されます。ある参加者は祖父母との川遊びを語り、別の人は流域での勤務経験を語ります。

こうした語りが交差する時間そのものが、作品の一部として大切にされています。完成した模型は持ち帰ることもできますが、記録として写真に収める参加者もいます。地域と記憶が出会う場として、ワークショップはプロジェクトの中核を成しています。

過去の作例とその特徴

プロジェクトは回を重ねるごとに、少しずつ表現の幅を広げてきました。素材選びと構造の工夫によって、毎回異なる筏の風景が生まれています。主な作例を整理します。

作品 主な素材 構造の特徴 制作時の関心
第一作 杉の小枝 縦に平行に並べた基本形 筏の原型を確かめる
第二作 柳と草本の茎 曲線を活かした舟形 川の流れを視覚化する
第三作 漂着した広葉樹の枝 不揃いな長さを重ねる 堆積と時間の表現
第四作 細い竹と藤づる 多数の結束点を持つ網目状 結合の強度を探る
第五作 多様な樹種を混在 抽象的な島のシルエット 記憶の断片化を試みる

同じ川で拾われた枝でありながらも、作品の成り立ちは少しずつ異なっています。

記録と展示の広がり

作品は写真や映像と併せて記録されることがあります。水面に浮かべた模型を撮影する、川岸に静置して時の移ろいを観察するなど、記録もまた作品の一部とされています。光の条件を写真に留めることで、川の記憶はより広い人々と共有されます。

展示では模型が吊るされることもあり、空中を漂う筏のように見えることもあります。継続的な記録は、作品ページから一覧できます。過去の作品群を見比べると、川への関心が少しずつ深まってきた過程を読み取れます。

手仕事と記憶のあいだ

作家にとって、筏の模型を作ることは、川という大きな存在を個人の手元に引き寄せる試みです。大きな川はそのままでは掴めませんが、小さな枝として手に取ることで、私たちは川の断片に触れることができます。その断片を丁寧に組み合わせる時、そこには静かな対話が生まれます。

プロジェクトには目に見えない要素も含まれます。水が陽の光で蒸発していく過程を観察した記録は蒸発する水の様子に残されており、川の音の痕跡を辿る試みは川の痕跡を描いてに綴られています。筏の模型とこうした記録群が並ぶことで、新潟の川という存在は多面的に浮かび上がってきます。


この活動はこれからも新潟の川辺で続きます。川の匂いや風の音を体感しながら、自分だけの一本の枝を拾い上げる時間を作りたい方は、ワークショップの案内をお見逃しなく。最新の日程や参加方法については、当サイトのブログやSNSで順次お知らせしています。